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【アフリカ大陸縦断002】エチオピア・ビザ取得と雑用の日々(@カイロ2/エジプト)

すべてが思い通りではないけど……

翌日、ベニス細川家ホテルのテラス席に1番乗りで、
ホテルに付いてる朝食を食べた。
今日はエチオピアのビザを申請しに行く。
念のためビザとは……を説明しておくと。
ビザとは入国しても差し支えないと示す証書のことで、
前回のアメリカ大陸の旅では、ビザ免除の国にしか行かなかったけど、
今回のアフリカ大陸の旅では、ビザが必要な国ばかりになる。
エジプトは前に来たときに、見たいものはすべて見て回ったので、
今回はこのビザ取得の手続きがメインになる予定だ。

準備をして出かけると、最寄りのナーサル駅に向かった。
地下鉄の入り口は、荷物検査をしていた。
それを通過し、女性専用車両のホームに並ぶと、
列車に乗り込んだ(切符1ポンド)。
サダート駅で乗り換えると、ナイル川の向こうのドッキ駅に行った。

ナーサル駅

ナーサル駅

ドッキ駅を降りると、西に向かって歩く。
タイミングを合わせながら、信号のない高架下の通りを越えた。
カイロの混み合った道路を渡るには、コツが必要だ。
信号があっても、それを守らない人はたくさんいる。

そこから歩いて15分ほどのところにあるエチオピア大使館に行くのに、
かなり迷ってしまった。
途中、別のアフリカの国の大使館に着いたりもした。
もうたどり着けないかと思ったけど、ラスタカラーの建物が見えてきたときは、
ほっとした。今日ビザの申請ができないとなると、予定が狂ってしまう。

銃を持った門番に目配せしながら、
門まで行くと門の真ん中に空いた小窓をのぞいた。
中にいる人に、ビザを申請したいと伝えると、
アプリケーションフォームを渡された。
中に入れてくれないらしい。
どうやって書こうかと思っていたら、
近くにいた人が封筒を下敷きにしろと貸してくれた。
封筒を下敷きに、立ってアプリケーションフォームを作成。
パスポートを取り出したら、持っていたものを全部落としてしまった。
見かねた警備員が椅子を貸してくれて、無事フォームを書き終えると、
必要なものと一緒に小窓から提出した。

(必要なもの)
●パスポート
●パスポートコピー1枚
●顔写真1枚
●申請書
●シングル3ヶ月は60$

前情報によると、マルチビザが30$で取れるとのことだったが、
シングル1ヶ月ビザで40$、シングル3ヶ月ビザで60$、
マルチ3ヶ月ビザは70$とのこと。
しかも、ビザが出された日からその期限が始まるという。
つまり、1ヶ月ビザを取った場合、
取得できる明日からエチオピアを出るまでの日を
1ヶ月以内にしないといけないということだ。
普通大概の国ではビザ取得日から入国日まで何ヶ月かの猶予があり、
ビザの残日数は入国日から減る。
ここから陸路で向かう私には、1ヶ月ビザでは足りない可能性がある。
ただ、スーダンでもエチオピアビザが取れる。
そこではシングルビザ1ヶ月が20$らしい……という話は聞いていた。
少し迷った。

結論は、スーダンで取るエチオピア・ビザが値上がっていない保証もないし、
結局ここで取れなかったとしても無駄に過ごす日が増えるだけなので、
ここで取っておくことにした。
お金を払って、おつりを待っていると、中国人の女の子が申請にやって来た。
彼女は、私がエチオピアまで陸路で行くというと興味津々だった。
エチオピアまで陸路で行く場合は3ヶ月のビザを取得できるらしく、
飛行機で行く場合は1ヶ月のビザしか貰えないそうで、
2ヶ月間はエチオピアにいたい彼女に、
エチオピアまでの陸路での行き方を教えてあげた。

エチオピア大使館

エチオピア大使館(住所:Mesaha Square, Villa 11 Consular section: 21 Sheikh Mohamed El Ghazali Street Dokki)

エチオピア大使館を後にすると、次は日本大使館に向かった。
10年前は用もなくよく日本大使館に行ったものだ……と思い出す。
図書館で写真集を見たり、日本映画上映会に行ったり。
当時はホテルから近かったので歩いて行ったものだが、
どうやら2007年に移転したらしい。
地下鉄に乗るとサダル駅まで戻り、
乗り換えてハダーイク・エルマアディ駅に向かった。

地下鉄は途中、地上駅になった。
エアコンのない車内。
10年前と変わらない街並み。
エジプト・ポンドの為替の低下。
革命後のエジプト経済がかなり冷え込んでいるを感じる。

ハダーイク・エルマアディ駅に到着すると、
在エジプト日本大使館のHPにあった地図を見ながら向かった。
廃墟のような高層マンションが並ぶエリアを越え、
炎天下の中20分ほど歩くとたどり着いた。

スーダン大使館に渡すレターが欲しいと申請書を提出するが、
パスポートの原本がないとのことで(エチオピア大使館にある)、
明日の受け取りになってしまった。
できれば、明日アスワンに行きたいので
今日中にもらえないかとねばってみるが、
エジプトビザのページを見せてもらわないと手続きができないとのこと。
「ちなみに、私たちが出すレターは在カイロスーダン大使館宛のみで、
在アスワンスーダン領事館からは要請が出ていないので出しておりません。
ですので、もし必要ないとお思いになられたら、
明日来られなくてもいいですよ。
こちらで申請書を破棄しておきます」。
……とのことだった。
明日来る必要はなさそうだ。

日本大使館

日本大使館(住所:81 Corniche El Nil Street, Maadi)

なんだかんだ、思い通りではなかったけど、
とりあえず今日のノルマは達成した。
ナーサル駅に戻ると、久しぶりにコシャリを食べた。
飽きるほど食べたコシャリも久しぶりに食べると美味しかった。

コシャリ

コシャリはエジプトの国民食で、マカロニ、スパゲティ、米、トウモロコシ、ヒヨコ豆、レンズ豆などの主食に揚げタマネギがまぶしてあり、トマトソースをかけて食べる。かなりの炭水化物料理だ

宿に戻って雑用をしていると、頭が痛くなった。
炎天下で歩き回ったから、少し熱中症気味なのかもしれない。

少し寝た後、同じ部屋のユキちゃんとその彼のリョウヘイ君が、
今日旅立つという学生さんとご飯食べるから一緒にどうぞと誘ってくれたので、
ありがたくいただくことにした。
料理があんまりできないと言っていたユキちゃんは、ルーを使わずに
シチューを作ってくれ、山梨の実家じゃご飯にかけて食べるんだけど、
みんなは違うんでしょと気を使ってアエーシ(エジプトの薄いパン)を
用意してくれた。

ベニス細川家ホテルのバルコニー

ベニス細川家ホテルのバルコニー

翌朝カイロの地図を眺め、タフリールというのが、
あの革命のあったタフリール広場の周辺を指す地名だということを思い出す。
よく歩いて行ったっけ。
エチオピアビザの受け取りまで時間があるので、
久しぶりに歩いてみることにした。

宿を出るとタフリール広場に繋がる大通りまではすぐだ。
旧日本大使館もここを歩いて行ったのを思い出す。
しかし、首都のど真ん中だというのに、歩道が塗装されていない。
歩いてるうちに足が砂まみれだ。

1つ目のサークルで、放射状に分かれる道路の真ん中にある銅像の写真を
撮っていたら、後ろから「写真撮影は5ポンドだ」という男が現れた。
面倒くさい奴だと睨みつけて立ち去ろうとしたら、
ひたすらあやまりジョークだよ、ジョークが好きなんだと絡んできた。
面倒くさいから、無視しようとしたけど、しつこく話しかけてくる。

タフリールに行くと言うと、熱心に革命のときの話をしながらついてきた。
あっちに、革命のことを描いた絵があると言って、違う道に案内しようとする。
そして、たどり着いたのは彼の香水屋さん。
ものすごく一生懸命なので、話だけ聞いてあげることにした。
「ちょっとだけ、1分だけ。
エジプト人の1分じゃない、日本人の1分だ」。
…と言いながら、エジプト人の1分以上しゃべりだした。
彼のつけてくれたアラビアンナイトだかという香水は、
本当にいい香りでなかなか悪くなかった。
どうやって作ってるのかアルコールは使っていないらしく、天然だそうだ。
彼の力強いセールストークを聞きながら、
私もこれくらいハートが強くなりたいものだと感心。

Lotus Palace

Lotus Palaceという香水屋さん。悪くないけど、しつこめ

まだまだ続きそうな話を振り切って、タフリール広場にたどり着いた。
エジプトの旗がヒラヒラとはためいている。
相変わらず、周辺は交通量が多い。

タフリール広場

タフリール広場

ここは、2011年の革命時、
1月25日のデモ発生から2月11日のムバラク大統領辞任表明まで、
数百万人の市民が集合した場所だ。
まだ記憶に新しい、アラブの春といわれる
イスラム圏での反政府活動を中心とした騒動の1つだ。

そこで写真を撮っていると、隣にまたガイドをし出す人が現れた。

「ぼくはガイドじゃないし、タクシーのドライバーでもないし、
店に連れて行きたいわけでもない」。
わかった、わかった。観光地にいるエジプト人のウザさはハンパじゃない。
その男を追い払うと、次に現れたのは、徳島に住んだことのある男。
タダでカイロを案内してくれると言う男が続けて2人も現れた。

彼らの熱心な誘いを振り切り、ナイル川まで歩いた。
久しぶりに眺めるカイロタワー。
ここもまたたくさんの思い出がある。
映画のエキストラ出演したときもここだった。

少し歩くとまた男が現れ、今度は「デモの集団がやって来るから
あっちの安全地帯に行った方がいい」と案内し始めた。
ここ数ヶ月で、爆弾テロも起きているカイロ。
油断できないとは思っている。
でも、この男の話は本当なのか。

ナイル川とカイロタワー

ナイル川とカイロタワー

サダート駅に戻ろうと向かってみたが、やっぱりナイル川を渡りたい。
おかしな様子もなさそうなので、ナイル川に架かる10月6日橋を渡った。
その後すぐにまた声をかけられ、それを振り切る。
観光地のこのウザさが、エジプトなのだ。

ナイル川沿いにはビル群、
川岸にはフェルッカ(ヨットのような船)が停泊している。
道を間違って、かなり遠回りしてしまったけど、オペラ駅まで歩いた。

オペラ駅からドッキ駅までは1駅。
歩き疲れて、エチオピア大使館までの途中にあった、
コスタ・コーヒーというカフェで宿代の半分もするジュースを飲んで一息。
ちょっと頭痛。熱中症気味。
身体の熱が冷めるまで、エアコンの効いた店内にいた。

エチオピア大使館近くの「COSTA OFFEE」

エチオピア大使館近くの「COSTA OFFEE」。エアコンが効いていて心地よかった

エチオピア大使館で無事にビザを受け取った。
そして、「Monestory of Health」という施設で
タダで貰えるというマラリア予防薬について聞いてみた。
直接行って確認してみて、とのこと。
そんなもんなのか。
エジプト政府が善意で出してくれてるのか? よくわからないシステムだ。

とりあえず、サアード・ザグルール駅まで行った。
目的の施設を探し歩き回るが、この駅の周辺には英語を話せる人がおらず。
薬局でようやく英語の話せる人をみつけて、場所を聞いたら、
この時間もう閉まってるよとのこと。
結局、その場所を探すがたどり着けず、
諦めて、アスワン行きのチケットを買いに行くことにした。

外国人は、アスワン行きの列車は、
寝台の高級列車のチケットしか買えないとの情報があったのだけど、
とりあえず行ってみようと、メトロの駅員さんにどこで買えるか聞いてみた。
すると、アル・ショーハダ駅で買えるとのこと。
で、ホームの路線図を見ながらその駅を探していると、どうやら
ムバラク駅と書かれた駅がその駅のようだった。
なるほど、革命後に名前が変わったらしい。

アル・ショーハダ駅の上には、
エジプシャン・レイルウェイという長距離列車の駅がある。
建物の中に入り、窓口らしきところでいろいろ聞き回るが
たらい回しにされた挙句、
結局豪華寝台列車を扱う「ワゴンリ社」に連れて行かれた。
ダブルのコンパートメントで100$というチケットしか売っていないそう。
仕方ない明日、バスのチケットを取りに行ってみるか。

長距離列車のカイロ駅

長距離列車のカイロ駅

諦めて宿に戻った。
疲れ果てて、冷房の効いた部屋でぶっ倒れた。

翌朝目が覚めて思った、外に出たくない。
そうだ、昨日の朝も思ったんだ。
夏バテみたいな感覚。
これからの旅が思いやられる。

バルコニーで朝食をとって、旅仲間と話す。

昼前には出かけて、宿から歩いて15分ほどのところにある
トルゴマーン・バスターミナルに行った。
早めにアスワンに行こうとも思ったけど、ギリギリまでカイロにいたくなって
明後日、土曜日の出発にすることにした。
どんなに早く行っても、
金曜日、土曜日はスーダン領事館の手続きができないのだ。

ターミナルから宿までの間にあったシーシャ屋で休憩。

シーシャ屋さんにて

シーシャ屋さんにて

ちょうど礼拝の時間。通りの礼拝所の前にはゴザの上で、
額を地面にくっつけお祈りするおじさんの列がの横を通り、宿に戻った。
エジプト人はいろんなことに適当だけど、
この礼拝だけは他のイスラムの国と同じようにとても熱心だ。
年配の男性のおでこには、”祈りダコ”のような黒いアザがある方が多い。

夕方には、ユキちゃんとコックさんだったケンジ君とでお好み焼きを作って、
みんなで食べた。ギターを弾きに行っていたリョウヘイ君も戻って、
みんなでおしゃべり。
楽しいシェア飯の時間だった。

翌朝起きると、朝食の時間までギリギリだったので、
あわてて支度をした。
すると、ユキちゃんが部屋に入ってきてこう言う。
「知ってました? iPhoneの時計が狂ってるって」。
どういうことだろうと思ったら、
iPhoneが勝手にサマータイムを導入しているとのこと。
iPhoneは、自分のいる国を感知し自動で時計の設定をしてくれる。
本来、エジプトは今日からサマータイムだそうで、
日付が変わった瞬間に1時間プラスされたようだ。
でも今年はサマータイムを実施しないと政府が決めたらしく、
1時間ズレてしまっているのだ。
なんともややこしい。

今日は旅人お休み。
ホテルの外の廊下ならビールを飲んでもいいということを聞いて、
さっそく買いに行った。
お昼前からSTELLA BEER。
そして、スーダンについて調べもの。
スーダンはガイドブックがない上、Wi-Fi環境がとても悪い。
事前の調べものが重要になる。

STELLA BEER

STELLA BEER

この後の過酷な旅に備えてゆっくり身体を安め、
夜には、みんなでシェア飯をして、
ビールを買いに行きカイロ最後の夜を楽しんだ。
寝る前には、若い女子たちの恋や将来の話を聞いて、
甘酸っぱい青春の気分を分けてもらった。

翌日、カイロ6日目は移動の日。
楽しく、懐かしいカイロでの生活も終わり。
同じくアフリカを南下するユキちゃんとリョウヘイくんと一緒に、
アスワンへ旅立つバスに乗る。
アスワンではスーダン・ビザを取らなくてはいけない。
忙しくなりそうだ。

カイロの宿:ベニス細川家ホテル

【住所】4 Souk El-Tawfikiyya St, 4th floor, Downtown, Cairo
【料金】40ポンド(女6人ドミトリー・エアコン)
【設備】Wi-fi、キッチン、朝食付き
【URL】http://www.venicehosokawaya.net/
【評価】★★★★

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