朝4時半、ロビーにいるはずのクリストファーがいない。
ファビアナが、部屋に見に行くとまだ寝ていたらしく、
あわてて部屋を出てきた。
クリストファーのピンチを目撃するのは、これで2度目だ。
レセプションのスタッフにタクシーを呼んでもらうようにお願いして、
タクシーが来ると、3人で乗り込んだ。
クミちゃんに見送られながら出発。
バスターミナルには、すでに人がたくさんいた。
クリストファーとは別れて、ファビアナと一緒にバスに乗り込む。
用意しておいた朝ごはんを食べて、それからは熟睡。
3時間ほどで、リオ・グランデのバスターミナルに到着した。
そこで、リオ・ガジェゴスに向うファビアナとは別れて、バスを乗り換えた。
あると思っていなかった朝食が配られ、 2食目の朝食になった。
陽が昇り車内が暖かくなると、満腹なのもあってよく眠れた。
前日の火曜日がイミグレーションの休みだったこともあってか、
国境はとても混み合った。
13時すぎ、アルゼンチン側のイミグレーションを通過、
その30分後チリのイミグレーションを通過した。
そして再びバスに乗り込むと、フエゴ島を出るフェリーに乗船した。
ここまでは行きと同じルートで、
リオ・ガジェゴスに向かうファビアナと会った。
そこからまたバスに乗ると、マゼラン海峡の西にある街、
プンタ・アレーナスに向かった。
バスは3時間以上遅れ、21時にプンタ・アレーナスのバス会社の前に着いた。
風が吹き、小雨が降る、初冬のプンタ・アレーナスは寒すぎて
涙が出るかと思った。
ウシュアイアも、着いたときは暖かかったけど出るときは寒くなっていた。
フエゴ島を渡るマゼラン海峡のフェリーも
行きは乗客みんな甲板に出ていたけど、帰りはみんな船内にいた。
パタゴニアの夏は12月から3月のみ。
どうやら冬が到来したようだ。
寒い夜の街で迷いそうになり、たどり着いた宿は天国のようだった。
翌朝、宿を出ると晴れてはいたものの風が強く、とても寒かった。
何をしようにもまずは、チリ・ペソを作らなくてはいけない。
宿のおじさんに教えてもらった通り、コロン通りに向かった。
コロン通りまで行くとすぐに両替所はみつかった。
かなりレートは悪かったが、余ったアルゼンチン・ペソも両替してしまった。
よく見ると、両替所はツアー会社に併設されているようだった。
プンタ・アレーナスには、ペンギンを見に行くツアーがある。
しかしウシュアイアで同じ部屋だった人が、
もうシーズンは終わってしまっていたと言っていた。
念のため聞いてみると、2つのツアーを紹介してもらえた。
たくさんのマゼランペンギンを見ることができる
マグダレナ島のツアー(52,000$)と、
ティエラ・デル・フエゴ島に行くツアー(60,000$)。
バスで行くオトウェイ湾のツアーは扱っていないとのこと。
両替を終える頃には天気が悪くなっていた。
近くのカフェで朝食にした。
窓の外には雪がちらついていた。
こんな寒い中でペンギンを見ても楽しくなさそうだ。
とりあえず、次の目的地プエルト・モンまでのチケットを
買おうと思い、出かけた。
観光案内所で3つのバス会社を教えてもらった。
しかし、1軒目も2軒目もプエルト・モン行きはないとのこと。
3軒目は少し離れたところにあった。
途中、雨が降ってきた。
雨にあたるとものすごく寒かった。
パタゴニアのシーズンが終わり間近なので、
バスの運行が少なくなっていると思われる。
陸路縦断の旅は終わっているので飛行機で飛ぼうかと思ったけど、
3軒目のバス会社で明後日のバスのチケットを買うことができた。
それから、街の中心アルマス広場まで行って、近くのカフェテリアに入った。
寒いけど、AUSTRALという生ビールを飲んだ。
それから、もう1軒ツアー会社にペンギンのツアーについて聞きに行った。
先のツアー会社と同じような回答だった。
結局この寒い中にツアーに行く気にはなれず、諦めて宿に戻った。
宿に戻ると、宿の人にスープをいただいて食べた。
同じ部屋にリオ・ガジェゴスとウシュアイアで会った
中国人の夫婦がやって来た。
彼らにスーパーマーケットの場所を教えてもらい、
買い物に出掛け、暖かい宿でチリワインにありついた。
後は、ゆっくりとプエルト・モン行きのバスを待つだけ。
のんびりと過ごす。
翌日は、せっかくなので街を歩いてみることにした。
宿を出ると晴れていて、昨日よりは暖かかった。
こんなことなら、ペンギンツアーに行ってもよかったかなと思ったけど、
少し歩くとやっぱり寒くて行かなくて正解だったと思えた。
アルマス広場から伸びる道を北に向かって歩く。
エスパーニャ通りを越えると高台になる。
階段を上ると、プンタ・アレーナスの街とマゼラン海峡を一望した。
少し歩くと展望台があって、そこの手すりには愛の証であろう
南京錠がいくつもかかっていた。
1520年、太平洋と大西洋を繋ぐ海峡を探していたマゼランは、
新大陸を南下した。
そして、世界史を変えるこの海峡を発見したのだ。
今は静かなこの街も、パナマ運河ができるまでは、
大型船が往来する街として栄えていたのだ。
アルマス広場に戻ると、マゼラン像に向かった。
マゼランの下にいるアラカルフ族の足に触れると
無事に航海を終えることができるという言い伝えがある。
なのでそれを撫で、あと少しのこの旅が無事に終えるようにと、
これから先また旅立つときは必ず無事でいられるようにと祈った。
人々に撫でられた足は、その部分だけ光沢を放っていた。
海の側まで歩くと、マゼラン海峡を一望した。
使われなくなった桟橋に、ペンギンに似たとりがたくさん泊まっていた。
これが見れただけでも、プンタ・アレーナス
に来てよかったと思えた。
どこかレストランに入って、
美味しいランチでもいただければと思ったけど、
ちょうどその日はチリの祝日だったらしく、
街中のほとんどの店が閉まっていた。
仕方ないのでスーパーマーケットで買い物して帰って、自炊した。
そして、ストーブの側でワインを飲みながらゆっくりと過ごす。
これまで急いでばかりだったので、久しぶりにゆっくりくつろげた。
その日の夜は、バスでの長時間移動に備えて早めに寝ることにした。
【住所】Avda. Independencia 512, Punta Arenas, chile
【料金】8,000$
【設備】Wi-fi、キッチン
【評価】★★★★☆
バス(TAU Tecni Austral社)で16時間。680$。