ザンジバル島の出国スタンプは、チケットの上に押された。
9時半に出発したフェリーは、11時すぎに
ダル・エス・サラームのフェリーポートに到着。
本土への入国(?)も特に手続きは不要で、
預けていた荷物を受け取ると、フェリーポートを出た。
タクシーの客引きに囲まれる。
思っていた額を提示した男について行った。
フェリーポートの前の通りの対面に、タクシーが停まっている場所があって
そこに停まっていたタクシーに荷物を詰め込んだ。
エアコンのない車内、防犯のため窓を閉めたらものすごく暑かった。
渋滞に巻き込まれ、タンザン鉄道ダル・エス・サラーム駅までは
30分ほどかかった。
駅に着くと、とりあえず冷たいコーラを飲んだ。
すると、日本人の男の子に出くわした。
タクミ君という名の大学生で、彼もまたムベヤに行くそう。
駅舎2階に上がると、待合室スペースになっているようだった。
さらにその片隅に一等車の待合室があったので、そこで列車が来るのを待った。
時間が来るとアナウンスがあり、ホームに向かった。
ホームには、列車が停まっていた。
さっそく乗り込む。
タクミ君とは車両が違うためそこで一旦別れた。
コンパートメントは、女性と男性で別れているらしい。
一等車両のコンパートメントは4人用。
どういうわけか、私の下のベッドには2人の女性がいたので、
5人部屋だった。
13時50分発、ほとんど遅れずに出発した。
ダル・エス・サラームを無事通過したことに心から安堵した。
ダル・エス・サラームの郊外はゴミの多いスラムのようなところだった。
幹線道路沿いは、栄えていることが多いので、
鉄道の旅は自然を感じることができていい。
サバンナの大自然を楽しみ、時折町の側を通ったりした。
急行列車ではないので、駅に着くと停車する。
同じコンパートメントのおばさんが、タッパを開け、
お昼ごはんのチキンの煮物とンシマを食べだした。
そして、それを私たちにも分けてくれた。
ラジャというスパイスを使って作られたチキンは、
柔らかく美味しかった。
おばさんはザンビア出身で、タンザニアで働いているそうだ。
それから、隣のバーのある車両に行き、
おじさんたちの間でビールを飲んだ(2,700Tsr)。
涼しい風の入る窓からサバンナの景色を眺める。
ベッドに戻ると昼寝。
ものすごく暑くて、汗をいっぱいかいた。
18時すぎ、ユリちゃんと一緒に食堂車に行った。
窓の外では、サバンナの影にちょうど夕陽が沈もうとしているときだった。
晩ごはんは、トマトソースのかかったフライドチキンと米(3,500Tsr)。
辺りが暗くなりかかった頃、誰もいない小さなフガ駅に停まった。
どうやら、セルース動物保護区に入っているらしかった。
少し走ると、キリンの家族とシマウマと小さな動物の群れが、
電車の通過に驚いたのか走り去って行くのが見えた。
ここセルース動物保護区は、それほどサファリが盛んではないため、
動物も人間に慣れていないらしい。
線路の南にあるルフジ川の南側は、
いまだにハンティングが許可されている場所だ。
またしばらく走ると、セルースを抜けたのか、人の多い村の駅に着いた。
ここではなかなか長い時間停車していて、物売りも多かった。
真っ暗な駅で、子どもがこっちに向かって手を振ってくれているみたい
だけど、悲しくもTシャツの色しか見えなかった。
それでも私たちは、子どもの方に向って手を振った。
車両の間で一服。
外を見ると、火を焚いている場所がいくつもあり、
山の上で炊かれた火は山の影を作り出していた。
下弦の月は控えめに光り、星空を美しく見せてくれる。
レゲエの流れる食堂車でゆっくりビールを飲んだ。
コンパートメントに戻ると、窓から顔を出してペットボトルの水で歯を磨いた。
コンパートメントの中は暑く、寝苦しい夜を過ごした。
おばさんたちは髪の毛が乱れないように、編みの被り物を被って寝ていた。
夜中に目が覚めると、長い間どこかで停車しているようだった。
ちゃんと定刻通りにムベヤに着くのか心配になった。
朝方に近づくと冷えた。
あまりよく眠れなかった。
9時すぎに起きて、食堂車に行った。
ユリちゃんとタクミ君と朝食タイムにした。
外の景色は自然に溢れていた。
しばらく外の景色を楽しんで、またベッドに戻って昼寝。
14時頃、到着予定時刻になったので、降りる準備を始めると、同じ
コンパートメントのおばさんにまだまだムベヤまで遠いわよと言われた。
15時頃、マカンバコという割と大きな町に着いた。
地図を見ると、ムベヤまではまだかなりの距離だった。
今日中に、マラウイまで行こうと思っていたが、どうやら無理らしい。
ムベヤでの1泊分のお金はもう残っていなかった。
両替しないといけない。
夕暮れ時には、残り少ないタンザニア・シリングでコーラを買って、
窓の外の景色を楽しみながら飲んだ。
バオバブの木が群生していて、夕陽に包まれとてもきれいだった。
小さい村を通ると、子どもが手を振っていた。
どこの国の子どもも列車が好きなんだろう。
列車の中の子どもたちもまた、その子たちに手を振った。
17時半頃チマラ駅に着いた。
そこで待っていた子どもたちは、おじいさんらしき人をみつけると、
走って近づき、荷物を受け取った。
そのおじいさんが列車を降りると、子どもたちはおじいさんの頭を撫でた。
子どもたちはとてもうれしそうに、
おじいさんの周りを囲って家路へと向かって行った。
再び列車が動き出すと、タンザニア鉄道から見る2度目の夕陽が、
木々の影に沈んでいくところを見守った。
暗くなると、コンパートメントに戻ってゆっくりした。
21時頃、町の明かりが見え出した。
どうやらムベヤはそこそこに大きい町らしい。
22時頃ムベヤの駅に到着し、列車を降りた。
向かいの線路にはザンビアからやって来た列車が停車していた。
到着予定時刻を8時間も遅れていた。
タクミ君にも再会。
タンザン鉄道は、この先ザンビアのニュー・カピリ・ムボシまで続く。
私たちは、これからマラウイに抜けたかったのでムベヤで降りて、
バスで南下しなくてはいけない。
とりあえず、今日はムベヤに泊まらないといけないので、
町に向かうため、タクシーの交渉をした。
コーリンというヨーロピアンの女性も加わって
4人でお目当ての宿に向かう。
お目当ての宿は明日のことも考えて、バスターミナルの近く。
駅からは8kmくらいのところだ。
しかし、あいにくその宿は満室だった。
するとコーリンが友だちに勧められていた宿があると言って、
その宿に電話を掛けてくれた。
4人泊まれるとのこと。
バスターミナルから少し離れたその宿までそのままタクシーで
行ってもらった(計14,000Tsr)。
カトリック教会が営む施設。
ドルでの支払いにも対応してくれて、無事宿を確保。
ホットシャワーが浴びられることに、
私とユリちゃんはハイタッチをして喜んだ。
翌朝5時半、日本人3人で宿を出ると、
まだ暗い町を歩き、バスターミナルに向った。
バスターミナルには、たくさんのバスが停まっていた。
たくさんの客引きに声を掛けられたが、
とりあえずチャイでも飲みながら一息つこうと店に入った。
チャイとチャパティで朝食。
店のスタッフに、キエラに行きたいんだけど、と相談してみた。
すると、このバスターミナルではなくナニナーニのバスターミナルから
乗るべきだと教えてくれた。
ナニナーニまでは、バスターミナルからダラダラが出ていたのでそれに乗った。
ナニナーニは、ムベヤの郊外にあった。
20分ほどで着き、ダラダラを降りるとキエラ行きのバスの客引きに
勢いよく勧誘され、そのままキエラ行きのバスに乗車。
ほとんど客が埋まっていたので、すぐに出発することができた。
キエラまではいくつかの町を経由し、10時半に到着した。
さて、アフリカ大陸7度目の国境越えだ。
【住所】P.O.Box 179 Mbeya
【料金】30,000Tsr(ツイン、トイレ・シャワー付)
【設備】蚊帳
【評価】★★★★☆
1. ザンジバル島→ダル・エス・サラーム。Kilimanjaro Fast Ferry社の高速船で2時間。35ドル。
2. ダル・エス・サラーム→ムベヤ。タンザン鉄道で32時間。820km。37,300Tsr。